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2012.08.13 Monday



作者はこの小説を未完にして自殺した。
ゆえに様々な「もしかして」が思い浮かぶ。
内容は「海炭市」という架空の都市に住まう人々が各短編の主人公となり、冬から始まり夏あたりで止まっている。
第一章第二章とあり、つまりは冬と春だ。
20年も前の作品だが、渋い。
小説らしい小説といえばいいのだろうか、今のエンターテイメント志向の小説とは違って市井の様々な年代の人間の生活を細かに描写している。
きちんと人間模様が描かれているが、このような架空の都市を作り出して様々な人間を主人公としている作家の一人に時代小説家だが「海坂藩」を描いた藤沢周平がいる。

どこをモチーフにしているか明かされなくとも、北国らしいということがわかるし、特に路面電車が出てくるので絞込みは容易に済む。
電車はどこにでもあっても、少ないのが路面電車と地下鉄とモノレールとトロッコだ。
この四つの電車のどれかが出てくる小説はモチーフとしている場所が絞りやすい。
もったいぶることもないので書くがモチーフとしている都市は函館市だ。

通常、北国の人間は最初は無口、打ち解けると喋り出す、というイメージがある。
雪国ならではの極寒で耐えしのぎ、吹雪の中でひたすら凍えながら立ちすくみ我慢するような、そんな雪のイメージが付きまとうからだろう。

私が鹿児島に行った時にも言っていたが都市部の人間において、地方特色の人間の癖というのはなくなってきている。
というのは、若い人たちが入ってきて、都市をとった人たちが亡くなっていくことにより、都市部では中和されてきているというのだ。
私は札幌に住んでいるが、他の都市部と比べて何が違うのか、人の面で言えと言われれば少し困るところがある。
注意深く探さなければ見えてこない。
環境によって生まれてくる人と考え。
それが生活なのだろうし、それが都市の特色、市井の人の癖なのかもしれない。

『海炭市叙景』では仕事に就き、そしてその仕事を背景にして物語が進むことが多い。
もちろん仕事は生活の一部であるし、人生を支える大事な点であり、その人物のアイデンティティでもある。
生活をしっかりと文章の中に練りこみ小説に盛り込む視点は、派手さがないが、地に足がついているだけに描写も難しい。
というのは、どうしてもしっかりと書いていかなければ生活の部分だけが描写として浮いてきてしまい話の筋にリンクせずに余計な分量として贅肉となる。
配分のバランスがきちんとしているから、違和感なく「生活する人」が生きている。

全体的に陰鬱、救われもしない、幸福とも言いがたい、曇り空のような雰囲気が漂う。
だが、「もしかしたら」という想像が生まれてくるのは、この小説が「未完」だからだ。
最初に違和感を持ったのが、出だしの二編で、事件を共有している。
しかし進むに連れて事件は共有されなくなってくる。特に二章目はまったくのバラバラの物語だ。
まだ夏と秋が残っていて、作者はその二つの季節、残り二章を書かずに亡くなった。
この夏と秋の二章に何を書くのか。
もしかしたら、前半の登場人物を脇役とさせ、話を救いのあるものにしたのかもしれない。
私がそう考えるのは、全編この調子では冗長過ぎてだれるからだ。
何のために小説を書き始めたのか、人の生活を書き始めたのか、きちんと考える作者だけに一辺倒では終わらなかったはずなのだ。
そして絶望もせず不幸だけでは終わらず、ささやかな幸福を願い、日々の小さな幸せを得ながら生きていこうとする人間の姿をよく理解しているだろうからだ。
書き方は非常にうまく、大人になってようやく、住まう人々の腰の座ったたたずまいが理解できるようになる。
中年ぐらいの方がようやくわかってくるような小説なのではないかと思う。

書き方がうまいと思うのは、タイトルのうまさ、締め方の秀逸さ、物の絶妙な使い方などがあげられる。
読み終わり、タイトルを見て考えさせられる。
なるほど、20年経っても根強いファンが2010年の映画化までこぎつけるほど残っているというのもうなづける。
この小学館から出た小説も長き時を経てここまで来ているのだから、作品の運命は皮肉だと感じるし、私が当人だったら、などとあれこれ考える。
無数の作品の中で、佐藤泰志のしかも『海炭市叙景』に出会える確立など、クジを引き当てるくらいになる。

今はエンターテイメントばかりの小説が溢れる中、小説らしい小説を残すのは非常に難しい。
ほとんどボランティアのような気持ちでやらなければならなくなる。
もしくは市町村をスポンサーにつけるか、人々を味方につけるかしなければ立ち行かなくなる。
小説家のアプローチの仕方も現代では変化した。
しかしどれほどエンターテイメントが好まれようと、このような小説は滅びて欲しくないと思うし、どうか残していきたいと願い行動するのが文筆家、いや、人をきちんと見つめる小説家の性分のような気がする。
未完ではあるが、読みがいのある作品に久しぶりに出会えて、ありがとうと思えたことが、何よりもの分け前でした。

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